印象派との出会い。(後編)

 

さてオルセー美術館の作品に魅せられた自分であるが、前述のように印象派の作品と日本美術との共通点(「自然描写」と「写実性(完全性)」)がその主な理由だと自分の中で考えた。今回はこの内容をより掘り下げて話そう。

一旦絵画から離れて、今度は東西の代表的な庭園の比較から上記の共通点を紐解こうと思う。

日本の代表的な庭園といえば金沢の兼六園が挙げられる。それに対して自分がヨーロッパに来てから見たもので代表的なものはヴェルサイユ宮殿の庭園とシェーンブルン宮殿のそれである。両者の決定的な違いは、前者は自然を「主役」として捉えているのに対し後者はそれを「脇役」として捉えている事ではないかと思う。というのも、日本庭園の場合確かに自然(木々や岩など)は整備されてはいるが極力人の手を加えずにそのありのままの魅力のみを活かそうとしているように見える。つまり自然は「主役」なのである。対してヨーロッパの庭園は完璧なまでの幾何学模様を目指し、自然はその模様全体を構成する一部に過ぎない。あくまで「脇役」なのだ。ヴェルサイユ宮殿では木の形までもが完璧な四角錐や球体であった。そして、日本庭園は別に何かしらの完全な形を求めていない。それに対してヨーロッパの庭園は完全な幾何学模様・各広場の構成など永遠に変わることのない完全なものを目指しているように見える。

こんな感じで、西洋の芸術は自然を「客体」として捉えて「永遠なるもの」、つまり曖昧性を排除したもの を目指すのに対し、日本の芸術は自然を「主体」として捉えて「はかないもの」、つまり曖昧なもの を目指しているように思える。そして後者は観る人の主観を重視するのに対し、前者はそれを排除する。こんな感じの対比構造が導き出せる。色々こねくり回して全体がごちゃごちゃになってしまったが、要はこういうことだ(笑)

印象派の作品に見入っているときに、過去に印象派の画家らが日本の絵画(浮世絵)からインスピレーションを得たという事をどこかで聞いたことを思い出した。